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運動部部長がベンチャーを選んだ理由。/22卒内定者インタビュー(井上君)

こんにちは!入社1年目の齋藤です!この1年間、4名の22卒内定者にインタビューをしてきましたが、残る1名の方へインタビューをしてきました。今回インタビューさせていただくのは2022年入社の井上君です!変顔と野球が大好きだったようで、「記事用に幼いころの写真とかちょうだい!」と言ったら、変顔の写真が7枚ほどきました(笑)

プラン・ドゥではお馴染みのプレゼン試験では自己紹介のスライドで「その男、”井上輝恒”」と表記するひょうきんな井上君ですが、彼を一言で表すと、THEスポーツマン!です。背筋が伸びていて、挨拶もさわやか。それでいて雑な無茶ぶりにも対応してくれちゃう。出身は広島県で大学は島根県。そんな井上君がなぜ東京の会社に就職をしようと思ったのか。色々なことを聞いてきました!

井上君のプロフィール
2022年4月入社予定の島根大学生物資源科学部 4年生の内定者 2歳の時にはプラスチック製のボールを投げるほどの才能を見せつけ、小・中学生の時は全国上位レベルのチームでソフトボール・野球に熱中。高校生、大学生ではバドミントン部の部長として部活を牽引してきた。

野球少年、井上君。

-本日は宜しくお願い致します!では早速、どんな幼少期だったの??

めちゃくちゃ野球少年でした!父親が大の野球好きで、野球をする以外の選択肢はなかったくらいでした(笑)。2歳の時にはプラスチック製のボールを投げていたらしいです(笑)小学校に上がってからはソフトボールのチームに入ったのですが、最初は一人も同期がいなくて、、、。仲間が欲しかったので声をかけまくったら小6の時には同期が12人になったんです!小6の時が僕の野球人生の全盛期だったのですが、エースで4番で西日本のソフトボール大会で優勝できたのは忘れられないです!とは言っても全然打たれることもあって、そういう時に頼れる仲間がいたのが本当に良かったなと思います。

-西日本優勝、、、!?すご、、、、。中学校でも続けたの??

中学からは野球を始めました!小学生よりもステップアップして、今度は全国優勝を目指すようなチームに入ったのですが、もうみんなめちゃくちゃうまくて(笑)小学生の時とは一転してなかなか試合に出られない日々が続きました。忍耐の3年間でしたね、、、。野球への姿勢だけじゃなくて、私生活も模範生みたいな生活を送れば野球の神様が見ていて、どこかで報われるはずだ!と本気で思っていました。

-中学生の時は生徒会長だったらしいね、野球で報われることはあった??

スタメン入りは果たせなかったのですが、最後の試合でバッターボックスに立つことができて、その時にツーベースヒットを打てたのは本当に嬉しかったです。ただ、肩や膝などを同時に痛めたこともあって、野球は中学で終わりにして、高校からはバドミントン部に入部をしました。小中で、それぞれチーム内の違った立ち位置を経験できたことが一番良かったなと思っています。半強制的に始めた野球も振り返ると、

「同じことを長く突き詰めることの大切さ」や「徐々に人は成長していけるということ」、「1年1年積み重ねることで能力のない自分でもある程度のとこまで伸ばせること」

など、本当に多くのことを学ぶきっかけをくれたので親にも感謝をしています。

-最後の最後にチャンスをものにしたんだね!野球に真摯に向き合って、ポジティブな学びを得るところ、素晴らしいね!

野球少年な井上君。変顔にハマっていたようです。

バドミントン青年、井上君。

-高校からはバドミントンを始めたんだね。高校ではどんなキャラだったの?

恐らく、スポーツ頑張ってる運動大好きマンでした(笑)。実際体を動かすことは大好きだったので体育祭も楽しみにしていたのですが、なぜかその季節になると怪我をするジンクスがあって、、、。3年生になってやっと体育祭に出れました(笑)。

-学年に1人はいるタイプだね(笑)、じゃあスポーツの話を聞かせてもらおうか!

さっき言った通り高校では野球からは離れてバドミントンを始めたのですが、割と前向きでした。なんなら「やっと野球以外のスポーツができるぜ!」って感じでした(笑)。とはいっても、野球で体に染みついた動きとか、能力とかは無駄にしたくはないなと思っていて、羽を打つ動きと、ボールを投げる動きが似ていたので、バドミントンを始めました!幸せなことに部長をやらせてもらうことになったのですが、特に好成績を残したわけではなく、3回戦までは勝ち上がるけど、シード権を持ってる人と当たると敗退する。みたいな感じでした。

-中学生からバドミントンやってる人もいたりするし、なかなか難しいよね、、、。

そうですね。ただ、自分ができる限り突詰めたいと思ったので、大学でもサークルではなく、バドミントン部に入部をしました。二個上の部長がプレイヤーとしても、人間としても心の底から尊敬できる方だったんです。部内で誰よりもうまかったのですが、誰よりも早く部活に来てネットを張って、誰よりも遅くまでいて片付けもして、、、。本当にバドミントンに真摯に向き合っていた方で、師匠と呼んで、ずっと背中を追っていました!
そして自分達の代になるとありがたいことに部長をやらせていただくことになりました。そこではチーム全体が納得感をもって取り組めるようなメニューを組んだり、独りよがりにならないようにする、言ってしまえば当たり前なことを当たり前にすることの難しさを学べました。改めて、師匠の凄さを実感しましたね(笑)

-部長として全うするなかで、他校の選手と積極的に交流していたみたいだね!

そうですね!ソフトボール、野球、バドミントンとこれまでのスポーツ人生、人との繋がりがあったからこそ熱中して、楽しんでこれたなと思っているので、積極的に他校の方とも関わるようにしていました!人との繋がりは今後も大事にしていきます!

尊敬している当日の部長。師匠と呼んでいる。

その男、井上輝恒。

-あまり勉強の話とかは聞かなかったけど、大学3年の終わりまでは院進するか迷っていたんだっけ??

そうなんです。生物学系の学部には珍しくITも学べるってことで、情報系の教授と協同してAIで植物の画像認識技術を作ろうとしている研究室に入室をしたのですが、大学3年の終わりごろに自分の進路に迷っていて。研究室の先生に相談をしたのですが、なぜか成り行きで僕が院進して例の情報系の教授の研究室に入室するみたいな流れになっていて(笑)。やっぱ時代はIT系かな、とも思っていたので、情報系の研究室に進むこと自体はよかったのですが、

自分の知らないところで自分の進路が決まっているのが嫌だったんです。やっぱ自分のことは自分で決めたいなと思って大3の2月頃から就職活動を始めました。

野球に取り組んだこと自体は良かったと心の底からいえるものの、小中の頃、野球以外のこともやってみたかったという気持ちもあるからこそ、自分で決めるということに拘りがあるのかもしれないです。

-なるほど、、、。自分で決断をしていく拘りがあるんだね。

自分の人生なので!自分で決めたからこそ燃えられると思っています。これまで何かに夢中になって、自分が決めた目的のために頑張るという人生を送ってきたからこそ、今後もそうありたいんです!

-8月1日に勉強を始めた10月の宅建の試験に受かったのは記憶に新しいけど、それも自分が決めた目的のために頑張っていたんだね。目標の満点には届かなかったけど、熱量が本当に凄かったよ!そんな井上君がプラン・ドゥに入社を決めたのはなんで??

あれはもうやるしかない!って思ってました(笑)。
まずは東京での就職にこだわっていました。人や情報が集まり、日本を引っ張るのは東京だという漠然としたイメージがあって、社会人としてのスタートはそういう環境で仕事に夢中になりたかったんです。そのなかでも自分がその会社でアツくなれそうかどうか。ということも大事にしていて、プラン・ドゥは特に社員さん達の熱量を感じました。元々プラン・ドゥのVisionは聞いていましたが、そのあとに杉山社長が出した書籍を読んで、会社のVisionと杉山社長の考えが繋がった時に、社員さん達の熱量に納得感を感じて、自分もそんなプラン・ドゥの一員として上場というでかい目標に一緒に向かっていきたいと思ったんです!その中で、僕としては尊敬する師匠のように、真摯に仕事に向き合っていきます!

-中学生の時、私生活含めて野球に真摯に向き合っていた井上君だからこそ説得力があるね!最後に就活生の方々へメッセージをお願いします!

先のことを考えることは難しく、不確定要素が複数重なるからこその未来ではありますが、そんな未来を理想に近づけるには今の自分が動くことが欠かせないと思います!!後悔の無いよう、今はとにかく動いてください!

怪我や苦悩がありつつもそれをポジティブにとらえてきた井上君、すべてをエネルギーにしている無尽蔵スタミナ人間という印象すら抱きます。彼もまた、入社が楽しみです!以上、井上君へのインタビューでした!

全てが彼の糧になっている。

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